TRAVEL #01

全国で初の試みである池の再生を、湖山池で/邨上和男さん

残りの1隻が運搬船として、300mほどの網を引き揚げていくので、漁場を違う船が横切らないかとどれくらいの漁獲量かも確認します。そして、すぐに加工場へ連絡し、加工場は待ちの体制をとります。


ヤマトシジミや鯉や鮒が生息する、綺麗な池、湖山池

鳥取県鳥取市の北部にある「湖山池」。今、ここでヤマトシジミが生息している。湖山池の隣にある漁業協同組合の前の広場で、5.6人の行業組合の方々がシジミの選別をしていた。一粒一粒大きい立派なシジミが網の中にびっしり入っていました。しかし、湖山池でシジミが獲れ始めたのは、ここ1.2年のことだった。というのも、湖山池はシジミが生息できる「汽水湖」から「淡水湖」になり、また「汽水湖」に戻った湖だからです。

「自分たちが子供の時のように、シジミや鯉、鮒が泳ぐ湖山池にしたい。」

そう話してくれたのは、湖山池漁業協同組合代表理事組合長の邨上(むらかみ)さん。
湖山池にシジミの姿が戻ったのは、平成26年6月のこと。そう、数年前のことなのです。湖山池は、淡水と海水が混在する「汽水湖」。そんな環境の中、シジミや鯉は昭和20年代頃は湖山池に生息していた。特に冬場の湖山池は綺麗だった、と邨上さんは話してくれました。

閉ざされた水門

湖山池

ところが、高度経済成長が始まった昭和40年頃、生活排水により水質が悪化し始めました。また、湖山池の水源の千代川が水量が多い川のため、千代川と湖山川の2本に分けることに。それから、水の流れが少なくなり、淡水よりも海水の割合が増えることになりました。池の塩分濃度の上昇により周辺の畑への塩害が発生した海水が多く入ってこないように水門を閉めたことで、池の塩分濃度の変化により、生態系が変わってしまいました。邨上さんのお話によると、平成元年のあたりからシジミや魚の姿が減ってしまったそうです。放流しても育たない、ということが続きました。
もう湖山池では漁業は難しい…とあきらめる漁師も出てきました。しかし、邨上さんは諦められませんでした。

―――湖山池にシジミも魚もいたという事実は変わらない。その時のことを知っている自分たちの手で、時間がかかっても、きっと魚がたくさんいた湖山池に戻すことができる!漁師という仕事を守っていかなければいけない!

そんな想いで、邨上さんたち漁師は立ち上がりました。

「人」によって変わった池が「人」によって戻されていく

まず、水の流れを制限している水門を開けなければいけません。内水面漁業協同組合連合会へ訴え、採択をもらうことで平成24年3月、水門を開けることが実現しました。しかし、水門を閉める前の当時のデータはなく、淡水湖から汽水湖への再生は全国みても例がありませんでした。すべて手探りでやっていくしかなかったのです。

水門を開けることで、水質が変わり、徐々に前にいた生物が増えてきました。シジミが生息できる環境であれば、他の魚などの生物も生息できるので、シジミの胎嚢を入れて育てることにチャレンジをし始めました。シジミの生息できる環境つくりに必要なのは、適正な「酸素」と「塩分」。

その二つのバランスを保つために、水門の上げ下げをして酸素量と塩分量を調整します。試行錯誤の末、平成26年6月、ついにシジミが収穫できたのです!

「大成功!だと思ったね。嬉しかった。」
周囲はとても驚いていたそうで、漁業に戻ってくる人もいました。水質も改善されて、エサも豊富な湖山池でとれたシジミは大ぶりで美味しいと評判です。

これからの課題は、安定して、シジミを育てること。「今、まさにチャレンジ中だよ。」笑いながら邨上さんはそう話してくれました。「人」によって変わった池が「人」によって戻されていく。湖山池の再生は始まったばかりです。